当塾は学年の途中から入ってくる生徒が多く、そのほとんどが中学2年生もしくは3年生です。中学1年生の段階から通ってくれる生徒は少なく、つまずいてしまってからか、あるいは他の塾でなかなか上手くいかないからと移って来るかのいずれかです。そういう子の受け皿になりたいと思っていますし、むしろ、そういう子にこそ来てもらいたいものです。
ところで、先日Xで画像の内容を投稿しました。他の塾から移って来る子と話をすると、そのほとんどがその子の学力レベルに合っていない教材を使っているか、できるはずのない量の教材を渡され、大量の宿題を出されているかのいずれかです。この傾向はずっと変わっていません。他所のことを悪く言う意図などないですが、学力レベルに合っていない教材を使い続けることで得られるメリットなどほぼありません。逆に、デメリットの方が大きいのではないかとすら思います。
こういう子達を何とか救ってあげたいと思い続けていますが、残念ながらなかなかご縁はありません。当塾のように全く無名の塾では、塾選びの第1候補に挙げて頂けることはまずないでしょうし、仮に第2、第3候補に挙げて頂けたとしても、多くの方は実績十分の大手を選ばれるでしょう。消費者心理としては当然だと思いますし、理解できます。ただ、塾のネームバリューで落ちこぼれてしまった子がどうにかなるようなものではない、というのも事実です。例えば、岐阜高校に多数の合格者が出ているからといって、5教科で100点台や200点台前半の子が通って上手くいくかどうかはわかりません。この点数帯の子の場合、勉強の絶対量が少ないから結果に結びつかないという事例も多いでしょうが、だからといって絶対量さえ増やせば成果を得られるかと言われるとそうではなく、方向性が根本的に誤っているから成果を得られないことも少なくないのではないかと思うわけです。
当塾では、学校のワークを最優先にしています。難易度的にも簡単過ぎず、難し過ぎないちょうど良い塩梅であり、提出が求められるため、提出しないことでの失点を防ぐことが重要であるからです。塾として配布する教材はあくまでも補助であって、中心は学校のワークです。同時に、教科書を読むようにとしつこく指導しています。近年、学校のカバンが重過ぎるからと、多くの小中学生が教科書を学校に置きっ放しにする、いわゆる置き勉をしているかと思いますが、これは同時に家庭での教科書使用を妨げる原因にもなっています。要するに、教科書を読む機会を自ら放棄させているわけですね。ですから、家庭用の教科書購入をすすめたりもしていますが、当塾教室には教科書を置いていますので、たとえ置き勉してあっても教室に来てくれさえすれば教科書を手に取ることはできます。
そもそも、何も知識が入っていない状態で問題を解こうにも解けるはずはないのに、少なくない中学生がいきなりワークの問題を解こうとし、そして解けないから手が止まったまま「わからない」「できない」と言うのです。そしてどうするかと言うと、そのまま何も手をつけず放置するか、赤ペンで答えを丸写しにするかのいずれかです(赤ペンを用いず、シャープペンで答えを丸写しにし、できもしない問題を“正解”として丸にするというケースもあるかもしれないですが)。答えを丸写しにして、勉強した気になって満足するわけです。でも、それって勉強と言えるでしょうか?作業ではないのでしょうか?わからないなら、なぜまず最初に教科書を読まないのでしょうか?勉強の中心は「読む」ことではないのでしょうか?教科書を読みもせず、真っ先にワークや問題集に手を出す理由がずっとわからなかったのですが、教科書を読むという発想自体を持っていない、教科書を読むように指導されていない、このいずれかではないかと最近ちょっとわかってきました。他所から移って来た生徒達が口を揃えて「問題をたくさん解けと言われたことは何度もあるが、教科書を読めと言われたのはここが初めてだった」と言うので、正直驚いています。これが上位層向けの指導であるとすれば、上位層の生徒は概ね教科書に目を通して内容を理解しているだろうという前提があるので、問題をたくさん解けという指導は理にかなっていると思います。しかしながら、中下位層に同じ指導をしてしまえば、いたずらにできないことを増やし、更に自信を失わせるだけではないかという気がしますから、もっと基本的な動作を教え込まないといけません。一言で指導と言っても、対象によって中身は変えなければならないわけで、それは当然のことです。
当塾では、「難しいことはやらなくてもいいから、易しいことを確実にできるようにしよう」という方針で、1人1人に合った方法、克服すべき課題などを提案しています。現在地がどんな状況であろうとも、適切な努力を続ければ未来は変えられますから、方向性の誤った指導を強要せず、一見遠回りのようでも基本に忠実な勉強をしてもらいます。
落ちこぼれたらうちへ来い!
悩める君、待っています。
