僕の別の顔/RS野中/勉強が苦手な子のための学習塾/岐阜・岐南・笠松・ 各務原

 普段塾で主に小・中学生を相手に指導に当たっている僕には、塾の生徒達には見せることのない別の顔があります。

 

 塾の運営と並行して、羽島市の羽島幼稚園で課外教室の幼児さんすう教室(かず・かたち教室)を運営させてもらうようになってから5年目を迎えました。特に今学期は過去最高の申し込みを頂き、急遽3クラスの予定を6クラスに増やして対応させてもらっています。その結果、ほぼ毎日のように幼稚園に出向いていますので、僕は日常的にかなり幅広い年齢の子供達を見ていることになりますか。幼児教室での僕はあくまで助手の立場で、講師である妻のフォローをしています。フォロー、とは聞こえが良いですが、雑務をしつつ幼児達と思いっきりはしゃぐ役割です。幼児教室ではそんな役割の僕ですが、長期にわたって幼児を見ていると、様々なことを教えてもらっているように感じます。

 

 僕達夫婦が運営している幼児教室は、算数の要素を色濃く反映させているとは言いましても、目指すところは決して英才教育でもいわゆるIQ向上を目的とする教育でもありません。普段の生活の中で身近な物を教材として使い、誰でも家に帰ってから再度実践可能なことを行なっています。身近な物というのが重要で、教室の中だけで通用するものでは家庭内で実践することが難しく、せっかくの興味関心を削いでしまいかねませんから、教材の大半はどの家庭にもあるような物、容易に入手可能な材料を用いたオリジナルの物を使用しています。

 

 運営上の目的は、遊びを通じて自然な形で算数の世界に興味を持ってもらうということですが、最近はここに基本的な所作を重視するという点を加えています。このことは、僕が塾を運営していく上でも信念としている「自立した大人に育ってもらうこと」とも重なります。幼児期の年齢に応じた所作を身に付ける。このことは、自立への第一歩であると思います。

 

 さて、幼児を見ていますと、月齢の差という点を差し引いても、身辺自立や物事への興味関心には相応に個人で差があります。この時点での差を過剰に心配する必要はないように思われがちですが、周囲の大人の適切な認識がなければ、この差はどんどんと拡大していくでしょう。昔の人は「三つ子の魂百まで」などと言ったものですが、成長のある段階で自分で気付いて変わることができるとはいえ、幼児期の教育環境が極めて重要であることに変わりはありません。

 

 小学校入学後、低学年の早い段階で学習内容に付いていけなくなるケースは、幼児期の過ごし方と無関係ではないと思います。それは、必ずしも学習上の先取りをしていたか否かではありません。例えば、足し算や引き算ができるという幼児であっても、物を数える時に指で数えている物の数と言っている数が一致しない、1対1対応が不確実なケースが挙げられます。皮肉にも計算ができてしまうことによって、概念として正確に認識することを妨げてしまうケースをこのケース以外でも実際に見てきました。つまり、先取り学習さえすれば良いというものではないのです。

 

 僕達は幼児教室を通じて、できるだけ体感させることを意識しています。特に年少児や年中児には、見る、聞く、触れてみるといったことを通じて、頭だけではなく体で認識してもらうことにより、より自然な形で算数の概念に接していって欲しいと思っています。又、人の話を静かに聞く、教室内では勝手に立ち歩かない、指示と無関係なことをやらない、といった小学校以降の学校生活で求められる所作についても、年少、年中、年長といった段階に応じて、できることを増やしていきたいと思っています。

 

 幼児教室では月齢や発達段階を意識した指導を、塾では学力や理解度を意識した指導を今後もすすめていきます。そして、幼児教室と塾での経験を相互にフィードバックし、適切な指導の在り方、認識の在り方を進化、深化していけるように努めていきます。